これまでの記事で書いてきたように、私は小さい頃から発達にいくつかの気になる点がありました。
母は、私が生まれてから3歳になるまでの間、病院や医療機関、公的機関など、さまざまな場所に相談に行っていたそうです。
当時の私は、3歳になっても言葉を話しませんでした。
そのため母は
「やっぱり何かおかしいのかもしれない」
と感じていたといいます。
そんな中、3歳の時に大学病院で診察を受け、
広汎性発達障害という診断が出ました。
※現在は「広汎性発達障害」という言い方は使われておらず、
**自閉スペクトラム症(ASD)**と呼ばれることが一般的です。
当時の診断名のため、この記事ではそのままの表現を使っています。
当時は今のようにインターネットで簡単に情報を調べられる時代ではありませんでした。
そのため母は、発達障害について知るために本を探したり、医療機関や公的機関に相談したりしながら、少しずつ理解を深めていったそうです。
しかし、周囲に同じような状況の人はほとんどおらず、相談できる人も多くはありませんでした。
それでも母は、私に合う環境を探すためにいろいろな場所に足を運び、できることを一つずつ探していったと聞いています。
その結果、小学校に入学するまでの間、幼稚園と療育施設の両方に通う生活が始まりました。今でこそ「発達障害」という言葉は広く知られるようになりましたが、当時はまだ今ほど知られていませんでした。
母自身も、私が診断されるまで
発達障害という言葉を知らなかったそうです。
診断が出たあと、私は小学校に入学するまでの間、
幼稚園と療育施設に交互に通う生活が始まりました。
幼稚園に行く日と、療育施設に行く日。
そんな毎日を繰り返していたそうです。
これは、私が覚えている記憶というより、
ほとんどが母から聞いた話です。
小さかった私は、その頃の出来事をあまり覚えていません。
けれど、母にとってはとても大変な時期だったようです。
当時は発達障害への理解がまだ少なく、
周囲に説明することも簡単ではありませんでした。
さらに、診断が出たあとも
父や父方の家族はなかなか理解してくれなかった
と母は話していました。
母は、周囲の理解を得られない中でも
私のためにできることを探し続けていたそうです。
そうして始まったのが、
幼稚園と療育施設を行き来する生活でした。
この頃の経験が、
後の学校生活にも少しずつ影響していくことになります。
次の記事では、
幼稚園に通い始めた頃の話を書こうと思います。
この頃の私は、どうして毎日違う場所に通っているのか、よく分かっていませんでした。
幼稚園に行く日と、療育施設に行く日。
その違いも意味も理解できないまま、ただ言われるままに通っていた気がします。
また、母からは小さい頃に
「あなたは普通じゃないよ」
と言われて育ったと聞いています。
当時の私は、その言葉の意味を理解することはできませんでした。
ただ、なんとなく周りとは違うのかもしれない、
そんな感覚だけが少しずつ残っていったように思います。
3歳頃になっても言葉が出ない、
周りとの関わりに違和感があるなど、
こうした特徴から発達の特性に気づくケースもあります。
もちろん成長には個人差がありますが、
気になることがあれば、早めに専門機関に相談することが大切だと、今は感じています。
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