前回の記事では、小学校3年生の夏休みに、幼なじみの男の子が転校したことについて書きました。
その子が転校してから、私の学校生活は少しずつ変わっていきました。
それまでは、お母さんが学校の帰り道も一緒についてきてくれていました。
でも、集団下校が始まったことで、表立って付き添うことはなくなっていきました。
私が通っていた小学校は、全学年が1クラスずつしかない小さな学校でした。
人数が少ないからこそ、みんなの距離は近い。
でもその分、一度浮いてしまうと逃げ場がありませんでした。
今思えば、お母さんの目がなくなったことで、周囲の態度が少しずつ変わっていったのかもしれません。
帰る時はいっしょに帰っているはずなのに、誰も話しかけてくれない。
気づけば、私だけが置いていかれるような空気がありました。
また、他の人には簡単にできることができなかった私は、笑われることも多くありました。
その頃から、私は「何かがおかしい」と思うようになりました。
当時は理由が分かりませんでした。
でも今振り返ると、他の人よりできないことや苦手なことが多かった私は、いじめのターゲットになりやすかったのだと思います。
学年が上がるにつれて、私ははっきりと「いじめを受けている」と感じるようになっていきました。
その度にお母さんへ相談して、先生が動いてくれることもありました。
けれど、私をいじめる人が変わるだけで、根本的な解決にはなりませんでした。
また、「どうしてこんなこともできないの?」というような空気で責められることもありました。
実際に、失敗した時やうまくできなかった時に笑われることも多くありました。
そうした経験は、私が「何かをすること」や「自分から話すこと」が怖くなった原因のひとつになったのかなと思います。
私は次第に、「できないこと」を見せるのが怖くなっていきました。
また、クラスの男の子たちは、何かあると私に怒鳴ってくることが多く、それがとても怖かったです。
私は次第に、男の子そのものが苦手になっていきました。
そしてこの頃、私は初めて「女の世界」の怖さのようなものを知ったのかなと思います。
表では普通に接しているように見えても、少しずつ距離を置かれたり、空気で孤立させられたりする。
小さなコミュニティだったからこそ、その空気はとても苦しかったです。
今思えば、あの頃の私は「どうして嫌われるのか」すら分からないまま、必死に周りに合わせようとしていたのだと思います。
そして今でも、私がなぜ嫌われていたのか、分からない部分もあります。
ただ、発達障害の特性による「周囲との違い」や、「空気を読むことの苦手さ」が、少しずつ周囲とのズレになっていたのかもしれません。
いじめっ子たちが、なぜそこまで人を傷つけることができたのか。
その気持ちは、今でも理解できません。



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