前回の記事では、春休みの家族会議のあと、お母さんと一緒に家を出ることになった話を書きました。
その翌朝――。
私は疲れていたのか、昼前くらいまで眠っていました。
目が覚めると、お母さんとじいじがちょうど帰ってきたところでした。
そして、お母さんから
「転校の手続きをしてきたよ」
「弁護士さんにも相談してきた」
と言われました。
私は何が起きているのかよく分からず、ただポカーンとしていたのを覚えています。
前日まで普通に通っていた学校。
それなのに、気がついたら転校が決まっていて、弁護士という言葉まで出てくる。
小学生だった私には理解が追いつきませんでした。
実はこの後、私の親権をめぐって数年単位の調停が続くことになります。
もちろん当時の私は、そんなことになるとは知りませんでした。
ただ、周りの大人たちが慌ただしく動いていることだけは何となく感じていました。
後になって知ったことですが、私が寝ている間に、お母さんはママ友だった幼なじみの男の子のお母さんにも連絡をしていたそうです。
その話を聞いたとき、相手のお母さんは悲鳴をあげるほど驚いていたらしいです。
私は大人になってからその話を聞きました。
それだけ突然の出来事だったのだと思います。
翌日には父方のおばあちゃんも来たそうですが、じいじたちと何か話をしていたようで、私はその内容を知りません。
子どもだった私は、大人たちが何を話しているのか分からないまま過ごしていました。
転校先の始業式まではあまり時間がありませんでした。
それでも、その期間は比較的穏やかに過ごせた気がします。
ひとつだけ安心したこともありました。
転校先は校区外から通う形になるため、子ども会に入らなくてもいいと言われたことです。
前の地域では学校だけでなく、子ども会でも同じメンバーと顔を合わせていました。
私はそこでいじめを受けていたため、正直ほっとしました。
一方で、不安もありました。
小学校生活も残り一年。
その一年だけを新しい学校で過ごすことになります。
しかも転校先は、今までよりも人数の多い学校でした。
ただでさえ人間関係が苦手だった私にとって、新しい環境へ飛び込むことは大きな不安でした。
それでも、この転校が私の人生を大きく変えることになります。
次回は、転校初日と新しい学校での出来事について書こうと思います。
読者へのメッセージ
親の離婚や別居は、大人が思っている以上に子どもの人生を大きく変える出来事だと思います。
ただ、子どもは状況をすべて理解できなくても、そのとき感じた不安や安心感は心の中に残り続けます。
もし今、同じような経験をしている方や、過去に経験した方がいたら、「あのときよく頑張ったね」と自分自身に声をかけてあげてほしいです。
私も当時は不安でいっぱいでしたが、その後の出会いが今の私につながっています。次回は、新しい学校で迎えた最初の日についてお話しします。
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