前回の記事では、幼なじみが転校したあと、小学校で孤立していったことについて書きました。
その頃から、私の学校生活は少しずつ変わっていきました。
学年が上がるにつれて、学校だけではなく、家の中の空気も悪くなっていったからです。
両親の仲は少しずつ悪くなっていき、家の中で怒ったような空気を感じることが増えていきました。
そして、父親や父方の家族からの私へのあたりも、以前より強くなっていった気がします。
私は昔から、人生ゲームやおままごとのような遊び、アニメを見ることが好きでした。
けれど、「そんなのはおままごとだからやめろ」と言われたり、アニメを楽しんでいる途中でテレビのチャンネルを変えられたりすることもありました。
また、私が苦手なことが多いことについても理解してもらえず、できないことを笑われたり、バカにされたりすることも増えていきました。
※詳しくは【発達障害】運動が苦手だった本当の理由|体育で笑われた記憶と後から分かったこと(第12話)にも書いています。
学校でも、私は周りの子たちと同じようにできないことが多くありました。
さらに、思春期になるにつれて、私は周りの子よりも体の成熟が早く、太りやすくなっていきました。
そのことで、「ブタ」などと言われることも増えていきました。
今思えば、発達特性によるストレスや、家庭や学校で感じていた不安も大きかったのだと思います。
私は少しずつ、ストレスで食べるようになっていきました。
学校から帰ると、夜ご飯の前にポテトチップスを一袋食べる。
そんな生活を毎日のように繰り返していました。
けれど、食べれば食べるほど太っていき、さらにいじめられる。
またストレスが増えて食べてしまう。
当時の私は、その繰り返しから抜け出せなくなっていました。
それでも、毎日なんとか学校に行けていたのは、お母さんの存在があったからです。
つらいことがあった日、お母さんは私を抱きしめながら、「バーリア」と言ってくれることがありました。
子どもっぽいやり取りだったかもしれません。
でも、当時の私にとっては、「自分の味方がいる」と思える大切な時間でした。
だから私は、毎日なんとか頑張ることができていました。
そして、この頃になると、
もし両親が離婚することになったら、お母さんについていきたい。
自然と、そう思うようになっていました。
けれど、その願いは――
思っていたよりも早く、“半分だけ”叶うことになります。
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