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【発達障害と勉強】中学生の私が、数学と理科の授業についていけなくなった理由ー第26話ー

🌸人生の物語

中学生になった私は、英語だけでなく、理数系の科目にも苦戦していました。

特に苦手だったのが、数学と理科です。

授業を聞いていても、先生が何を説明しているのか分からない。

黒板に書かれた数字や記号を見ているうちに、だんだん頭の中が真っ白になっていく。

そして私は、授業中に教室の天井を見たり、窓の外の空を眺めたりすることが増えていきました。

当時は、なぜ自分が授業についていけないのか分かりませんでした。

けれど大人になった今振り返ると、中学校で突然分からなくなったのではなく、小学校で理解できていなかった部分が積み重なっていたのだと思います。

小学校の算数が分からないまま、中学生になった

中学生の数学では、証明や図形、関数などを学びます。

けれど私は、授業の内容をほとんど理解できませんでした。

先生の説明を聞いても、

「どうしてこの式になるの?」

「この数字はどこから出てきたの?」

「なぜ、この順番で解くの?」

と、途中から分からなくなってしまいます。

一つ分からないところが出てくると、その先の説明も理解できません。

それでも授業は止まらず、どんどん先へ進んでいきました。

今になって思うのは、小学校で習った算数を十分に理解できていなかった影響が大きかったということです。

算数や数学は、それまでに学んだ内容を使いながら、新しい問題を解いていく科目です。

小学校の算数でつまずいた部分が残ったままでは、中学校の数学を理解することは難しかったのだと思います。

でも当時の私は、自分がどこで分からなくなったのかさえ分かりませんでした。

「中学校の数学が苦手」というより、もっと前から続いていたつまずきが、中学生になって一気に大きくなったのかもしれません。

証明や図形、関数が理解できなかった

数学の中でも、特に分からなかったのが証明です。

答えを出すだけではなく、なぜそうなるのかを順番に説明しなければなりません。

けれど私は、何を書けば証明になるのかが理解できませんでした。

問題文を読んでも、どの情報を使えばいいのか分からない。

図を見ても、どこに注目すればいいのか分からない。

模範解答を見れば文章は書いてありますが、その考え方にたどり着くまでの過程が見えませんでした。

図形や関数も同じです。

公式を覚えたとしても、どの問題でどの公式を使うのか判断できません。

数字や記号が増えるほど混乱して、授業を聞き続けることも苦しくなりました。

私にとって数学は、少しずつ理解を積み重ねる科目ではなく、意味の分からない数字や記号が次々と出てくる科目になっていました。

理科にも計算問題がたくさんあった

私は数学だけでなく、理科も苦手でした。

理科なら、植物や動物、身近な自然について学ぶ科目だと思っていた部分もあります。

しかし、中学生の理科には計算して答えを求める問題がたくさん出てきました。

公式を使う問題になると、私は何を計算すればいいのか分からなくなりました。

問題文の中から必要な数字を見つけることも、その数字をどの公式に当てはめるのか考えることも苦手でした。

計算そのものにも苦手意識があったため、理科の内容を理解する前に、数字が出てきた時点で混乱してしまうこともありました。

私の中では、数学と理科が別々の科目ではなく、どちらも「計算が出てくる分からない科目」になっていたのだと思います。

元素記号や化学式の理屈も分からなかった

理科の中でも、元素記号や化学式を使う内容は、特に理解できませんでした。

例えば、水が水素と酸素からできていることを説明されても、その理屈をうまく理解できませんでした。

なぜその記号を使うのか。

なぜ数字が付くのか。

どうしてその組み合わせになるのか。

先生の説明を聞いても、私の頭の中ではうまくつながりませんでした。

元素記号を覚えるだけなら、暗記で対応できる部分もあったのかもしれません。

けれど、それを使って化学式を作ったり、問題の答えを求めたりすることはできませんでした。

「こういう決まりだから覚えなさい」と言われても、私にはその決まりの意味が理解できていなかったのだと思います。

そのため、テストでもほとんど点数を取れませんでした。

勉強していないから解けないのではありません。

教科書を読んでも、説明を聞いても、どう考えれば答えにたどり着けるのかが分からなかったのです。

母に教えてもらうことにも限界があった

小学生の頃は、分からない問題があると、母が私にも理解できるように工夫しながら教えてくれることがありました。

けれど中学生になると、勉強の内容は一気に難しくなります。

数学の証明や関数、理科の計算問題や化学式など、母が私に分かりやすく教えることにも限界があったのだと思います。

これは、母が悪かったわけではありません。

一人の子どもがどこでつまずいているのかを見つけ、その子に合った方法で中学校の勉強を教えることは、簡単なことではないからです。

私には、答えだけを教えるのではなく、

「この問題は、まずここを見るよ」

「この数字は、ここから出てきたよ」

「小学校で習ったこの内容を使っているよ」

と、一つひとつ順番に説明してくれる人が必要だったのだと思います。

けれど当時、私の周りにそのような方法で教えてくれる人はいませんでした。

授業中、頭の中のシャッターが降りていた

授業が分からない状態が続くと、私は先生の説明を聞き続けることができなくなりました。

黒板を見ても、意味の分からない数字や記号が並んでいる。

先生の話を聞いても、最初の部分から理解できていない。

それでも授業は進み続けます。

そんなとき、私の頭の中ではシャッターが降りるような感覚がありました。

「もう分からない」

そう感じた瞬間、先生の声が頭に入らなくなります。

私は教室の天井を見たり、窓の外に広がる空を眺めたりしながら、空想することが増えていきました。

授業を真面目に受けたくなかったわけではありません。

最初から勉強を諦めていたわけでもありません。

分からない説明を聞き続けることが苦しくて、頭の中だけでも別の場所へ逃げていたのだと思います。

周りから見れば、ただぼんやりしている生徒に見えていたかもしれません。

けれど私の中では、理解できない授業から自分を守るための反応だったのかもしれません。

「やる気がない」のではなく、分からなかった

授業中に天井や空を見ていた私は、「集中力がない」「勉強する気がない」と思われても仕方がなかったかもしれません。

でも、本当はやる気だけの問題ではありませんでした。

説明の最初から理解できず、自分がどこでつまずいているのかも分からない。

質問したくても、何を質問すればいいのか分からない。

そんな状態で授業だけが先へ進んでいけば、集中し続けることは難しくなります。

「分からないなら質問すればいい」と言われることもあります。

しかし、自分の分からない部分を言葉で説明するためにも、ある程度は内容を理解していなければなりません。

当時の私は、質問を作れるところまで理解できていませんでした。

必要だったのは、もっと頑張るように言われることではなく、どこまで理解できているのかを一緒に確認してもらうことだったのだと思います。

発達障害のある子に合った塾があったなら

当時の私の周りには、発達障害のある子どもの特性に合わせて教えてくれる塾はありませんでした。

少なくとも、私や母が利用できる範囲では、そのような場所を見つけることができませんでした。

もし、小学校の算数まで戻って教えてくれる場所があったなら。

一度にたくさん説明するのではなく、理解できたことを確認しながら進めてくれる人がいたなら。

図や具体的な例を使って、数字や記号の意味から説明してもらえていたなら。

私は数学や理科に対して、ここまで強い苦手意識を持たずに済んだのかもしれません。

もちろん、支援を受ければすべての問題が解けるようになったとは限りません。

それでも、「自分は勉強ができない」と思い込む前に、自分に合った学び方を知ることはできたのではないかと思います。

あの頃の私に必要だったもの

中学生の私は、数学や理科の授業が始まるたびに、頭の中のシャッターを降ろしていました。

それは怠けていたからでも、勉強を大切にしていなかったからでもありません。

小学校から残っていたつまずきに誰も気づかないまま、難しい内容を学び続けなければならなかったからです。

あの頃の私に必要だったのは、

「もっと頑張りなさい」

という言葉ではありませんでした。

「どこから分からなくなったのか、一緒に探してみよう」

と立ち止まってくれる人でした。

今、授業中にぼんやりしている子どもがいたとしても、その子にやる気がないとは限りません。

分からないことを言葉にできず、頭の中のシャッターを降ろしているのかもしれません。

できないことを責める前に、その子が理解できる場所まで戻ること。

そして、その子に合った方法で、一つずつ学び直せる環境を作ること。

当時の私が欲しかったのは、そんな学びの場所でした。

読者へのメッセージ

授業中にぼんやりしている子を見ても、すぐに「やる気がない」と決めつけないでほしいです。

その子は、どこから分からなくなったのかさえ説明できず、理解できない苦しさから心を守るために、頭の中のシャッターを降ろしているのかもしれません。

大切なのは、無理に先へ進ませることではなく、その子が理解できているところまで一緒に戻ることです。

学ぶ速さや理解しやすい方法は、一人ひとり違います。自分に合った教え方や環境に出会えれば、「できない」と思っていた子にも、分かる瞬間が訪れるかもしれません。

今、勉強についていけず悩んでいる方にも伝えたいです。

分からないのは、努力が足りないからとは限りません。あなたに合う学び方と、丁寧に寄り添ってくれる人に、まだ出会えていないだけかもしれません。

🌸白蜜ゆあについて
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発達グレー当事者「白蜜ゆあ」が、子ども時代から現在までの経験や気づきをやさしい物語として発信。恋愛・仕事・推し活も楽しみながら歩んできたリアルな人生の記録を綴っています。
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はじめまして、ゆあです。このブログでは、発達障害(ADHD・ASD傾向)の当事者として経験してきたことを、「人生の物語」として発信しています。初めて読まれる方におすすめの記事をまとめました🌸🌸【発達障害】当事者の自己紹介|ゆあがブログで伝え...

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