3歳の頃、大学病院で「広汎性発達障害」と診断されました。
診断を受けた後、私は
幼稚園と療育施設の両方に通う生活が始まりました。
幼稚園と療育施設に通いはじめたのは、ほぼ同じ時期だったそうです。
通っていたペースについては、
幼稚園と療育施設をそれぞれ2日に1回くらいのペースで通っていた記憶があります。
当時、子ども用のスケジュール帳のようなものがあり、
そこに予定が書かれていたのを見ていた記憶が残っています。
幼稚園には、バスで通うこともありました。
一方、療育施設は少し遠い場所にあったため、
お母さんが送り迎えをしてくれていました。
療育施設では、
山登りやカード遊びをしていた記憶があります。
カード遊びは、
当時のテレビ番組をもとにしたものだったり、
計算式の暗記カードのようなものもあった気がします。
山登りは遊びのように思っていましたが、
後から聞くと、体を使うための訓練の一つだったそうです。
今振り返ると、
この頃の山登りが、私がさんぽを好きになったきっかけだったのかもしれない
とも思っています。
一方で、療育施設では
先生から注意されることも多かった記憶があります。
当時の私は、
周りと同じように行動することや、
指示を理解することが難しかったのかもしれません。
療育施設には、
小学校に入学する前まで通っていました。
そしてこの頃から、
人生の節目ごとに保健所などで検査を受けるようになりました。
発達の様子を確認するための検査だったと、
後からお母さんから聞いています。
幼稚園での記憶も、少しだけ残っています。
例えば、ほうれん草が嫌いだったこと。
給食の時間が少し苦手だった気がします。
そしてこの頃から、
みんなと遊ぶことが少し苦手だったようにも思います。
周りの子が自然に遊んでいる中で、
どう関わればいいのか分からないこともありました。
それでも、
幼稚園では大切な出会いがありました。
この出会いが、
私の人生の中でとても長く続く関係になっていきます。
その出会いについては、
次の記事で書こうと思います。
※この記事は
母から聞いた話と、私自身の記憶をもとに書いています。
🌸人生の物語



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